ネーターの定理と金融工学の接点を探る
ネーターの定理は、古典力学において連続対称性から保存量を導く原理として知られる。しかし金融工学や経済物理では、市場が散逸的・ノイズ駆動的・開放系であるため、古典力学型の厳密保存量をそのまま期待するのは一般に適切ではない。
むしろ重要なのは、ネーターの定理の核にある「対称性が境界構造を固定し、その結果としてある種の不変量が生まれる」という発想である。この発想を金融数学へ翻訳すると、保存量は局所マルチンゲール、pricing PDE の similarity variable、mean field dynamics における conserved functional、あるいは numeraire/gauge 変換下の不変構造として現れる。
したがって、ネーターの定理的な視点の金融への本質的応用は、保存量探索そのものではなく、むしろ対称性を用いて問題の可解構造・次元削減・制約条件を抽出することにあるのではないか。
調べてみると、De Vecchi らの HJB に対するネーター型定理、Paliathanasis らの Black–Scholes–Merton 方程式の Lie 対称解析、Kozlov の mean field games における conservation law の導出の例などがあり、これらは正にその代表例である。
本稿では、ネーターの定理の導入から始まり、金融工学とのその接点を探ってみたい。
◾️導入:ネーターの定理
初めに、有限自由度のラグランジュ力学におけるネーターの定理を主定理として、その定式化 → 証明 → 意味 → 場の理論への一般化の順で示し、概観しておこう。
1. ネーターの定理とは?
まず、ネーターの定理は何をいっている定理かというと、短く言えば、
連続対称性があると、その対称性に対応する保存量が存在する。
ということ。
本質としては次ようにまとめられる:
- 対称性とは「運動法則を記述する作用が変わらないこと」
- 保存量とは「運動方程式を満たす軌道に沿って時間微分が 0 になる量」
- その両者を繋いでいるのは、変分計算で出てくる境界項である
実際の物理で登場する保存則におけるネーターの定理は、単なる「美しい一般論」ではなく、
- 運動量保存
- 角運動量保存
- エネルギー保存
- 場の理論における電流保存
を一つの原理で統一することを試みた定理と言える。
2. 問題設定:有限自由度のラグランジュ力学
一般化座標を
$$
q^i(t),\qquad i=1,\dots,n
$$
とし、ラグランジアン$L(q,\dot q,t)$を考えると、作用は
$$
S[q]=\int_{t_1}^{t_2} L(q,\dot q,t),dt
$$
で定義される。この時、オイラー・ラグランジュ方程式は
$$
\frac{d}{dt}\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}-\frac{\partial L}{\partial q^i}=0
$$
である。
3. ネーターの定理の定式化の概観
3.1 一般の無限小変換
1パラメータ変換
$$
q^i(t)\mapsto q^i_\varepsilon(t),\qquad t\mapsto t_\varepsilon
$$
を考えると、無限小形は
$$
\delta q^i = \varepsilon ,\eta^i(q,t),\qquad \delta t = \varepsilon ,\tau(q,t)
$$
と書ける。
このとき、作用が対称であるとは、ラグランジアンが変換に対して厳密に不変でなくても、
$$
\delta (L dt) =\varepsilon \frac{dF}{dt}
$$
すなわち
$$
\delta L + L\frac{d}{dt}(\delta t)=\varepsilon \frac{dF}{dt}
$$
となることをいう。ここで $F(q,t)$ はある関数である。つまり、作用は
$$
\delta S=\varepsilon\int_{t_1}^{t_2}\frac{dF}{dt} dt
=\varepsilon [F]_{t_1}^{t_2}
$$
だけ変わる。これは作用が境界項を除いて不変であることを意味している。つまり、対称性があると作用の変化は境界項だけになる。
3.2 ネーター保存量
このとき、運動方程式を満たす軌道上で
$$
\boxed{
J =
\frac{\partial L}{\partial \dot q^i} \eta^i
+
\Bigl(
L-\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}\dot q^i
\Bigr)\tau
-F
}
$$
が保存される:
$$
\boxed{\frac{dJ}{dt}=0}
$$
これが有限自由度版のネーターの定理である。
4. 証明の前に:何が起きているのか
ここで示す証明の本質は、作用の変分が
$$
\delta S =
\int (\text{運動方程式})\cdot (\text{変分})dt
+
[\text{境界項}]
$$
に分解されることである。この時、
- 作用の対称性は「変分が全微分になる」と言っており、
- 一方、変分の一般公式は「運動方程式 + 境界項」を出しており、
- 解の上では運動方程式項は消えるため、
- 境界項どうしを比較すると、保存量の時間微分が 0 になる。
つまりネーターの定理は、対称性が境界項の形を拘束し、その拘束が保存則になる、という定理なのだ。
それでは、証明をしてみる。
5. 証明
5.1 垂直変分への書き換え
そのままだと時間も変換されるので、少し見通しが悪い。
そこで、同じ時刻 $t$ における「軌道そのもののずれ」を
$$
\delta_0 q^i := \delta q^i - \dot q^i \delta t
$$
と定義する。これは時間のずれを差し引いた純粋な座標変分である。
無限小変換が
$$
\delta q^i=\varepsilon \eta^i,\qquad \delta t=\varepsilon \tau
$$
なら
$$
\delta_0 q^i=\varepsilon(\eta^i-\dot q^i\tau)
$$
である。
5.2 変分の一般恒等式
ここで、これらを用いれば作用の変分について、
$$
\delta S =
\int_{t_1}^{t_2}
\left[
\frac{\partial L}{\partial q^i}\delta_0 q^i
+
\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}\delta_0 \dot q^i
+
\frac{\partial L}{\partial t}\delta t
+
L\frac{d}{dt}(\delta t)
\right]dt
$$
となる。この時、
$$
\delta_0 \dot q^i = \frac{d}{dt}(\delta_0 q^i)
$$
である。
第二項を部分積分すると
$$
\int \frac{\partial L}{\partial \dot q^i}\delta_0 \dot q^i dt =
\left[\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}\delta_0 q^i\right]_{t_1}^{t_2} -
\int \frac{d}{dt}\left(\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}\right)\delta_0 q^i dt
$$
だから、
$$
\delta S =
\int_{t_1}^{t_2}
\left[
\left(
\frac{\partial L}{\partial q^i}
\frac{d}{dt}\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}
\right)\delta_0 q^i
\right]dt
+
\left[
\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}\delta_0 q^i
+L\delta t
\right]_{t_1}^{t_2}
$$
を得る。
ここで $\partial L/\partial t$ 項は $L\delta t$ の時間微分に吸収されている。
したがって、
$$
\boxed{
\delta S =
\int_{t_1}^{t_2}
E_i(L),\delta_0 q^i dt
+
\left[
\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}\delta_0 q^i
+L\delta t
\right]_{t_1}^{t_2}
}
$$
ただし
$$
E_i(L):=\frac{\partial L}{\partial q^i} -
\frac{d}{dt}\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}
$$
はオイラー・ラグランジュ作用素である。
この公式が全ての出発点となる。
5.3 対称性条件を代入する
対称性の仮定より
$$
\delta(Ldt)=\varepsilon \frac{dF}{dt}dt
$$
すなわち
$$
\delta S = \varepsilon [F]_{t_1}^{t_2}
$$
である。
一方、上の一般公式に
$$
\delta_0 q^i=\varepsilon(\eta^i-\dot q^i\tau),\qquad
\delta t=\varepsilon \tau
$$
を代入すると
$$
\delta S =
\varepsilon\int_{t_1}^{t_2}
E_i(L)(\eta^i-\dot q^i\tau) dt
+
\varepsilon\left[
\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}(\eta^i-\dot q^i\tau)+L\tau
\right]_{t_1}^{t_2}.
$$
これが $\varepsilon[F]_{t_1}^{t_2}$ に等しいので、
$$
\int_{t_1}^{t_2}
E_i(L)(\eta^i-\dot q^i\tau) dt
+
\left[
\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}(\eta^i-\dot q^i\tau)+L\tau-F
\right]_{t_1}^{t_2}
=0.
$$
よって局所的には
$$
E_i(L)(\eta^i-\dot q^i\tau)
+
\frac{d}{dt}
\left[
\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}(\eta^i-\dot q^i\tau)+L\tau-F
\right]
=0.
$$
括弧内を整理すると
$$
\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}(\eta^i-\dot q^i\tau)+L\tau-F =
\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}\eta^i
+
\left(L-\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}\dot q^i\right)\tau
-F.
$$
したがって、
$$
\frac{d}{dt}
\left[\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}\eta^i
+
\left(L-\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}\dot q^i\right)\tau
-F
\right]
=-E_i(L)(\eta^i-\dot q^i\tau).
$$
これがネーター恒等式である。運動方程式 $E_i(L)=0$ が成り立つ軌道上では右辺が消えるから、
$$
\boxed{
\frac{dJ}{dt}=0
}
$$
となる。ここで
$$
\boxed{
J=
\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}\eta^i
+
\left(L-\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}\dot q^i\right)\tau
-F
}
$$
である。◾️
6. この証明で味噌だったこと(復習)
本質は次の一行、
$$
\delta S
=
\int E_i(L),\delta_0 q^i,dt
+
[\text{境界項}]
$$
であり、
- 作用が対称なら、$\delta S$ は全微分、つまり境界項だけ
- 一般の変分でも、$\delta S$ は「方程式項 + 境界項」
- 解の上では方程式項が消える
- だから境界項が時間に依らず一定になる
つまり保存量は、「対称性によって許される境界項そのもの」ということなのだ。
多くの教科書では対称性→保存量という結果だけが強調されるが、要は、
保存量は、作用変分の境界構造が凍結されたもの
と見るとわかり良い。(気がする)
7. 典型的な物理系における例
7.1 空間並進対称性 → 運動量保存
1次元粒子で
$$
L=\frac{m}{2}\dot q^2 - V(q)
$$
を考える。もし $V$ が $q$ に依らないなら、ラグランジアンは
$$
q\mapsto q+\varepsilon
$$
で不変。
このとき
$$
\eta=1,\qquad \tau=0,\qquad F=0
$$
だから
$$
J=\frac{\partial L}{\partial \dot q}\eta = m\dot q
$$
となる。よって
$$
\frac{d}{dt}(m\dot q)=0.
$$
これがいわば運動量保存である。
7.2 回転対称性 → 角運動量保存
3次元で
$$
L=\frac{m}{2}\dot{\mathbf r}^2 - V(|\mathbf r|)
$$
を考える。無限小回転
$$
\delta \mathbf r = \varepsilon, \mathbf n\times \mathbf r
$$
に対して
$$
\eta=\mathbf n\times \mathbf r,\qquad \tau=0,\qquad F=0.
$$
すると
$$
J = \frac{\partial L}{\partial \dot{\mathbf r}} \cdot (\mathbf n \times \mathbf r)
=
m \dot{\mathbf r} \cdot(\mathbf n \times \mathbf r)=
\mathbf n \cdot(\mathbf r\times m \dot{\mathbf r}).
$$
任意の $\mathbf n$ について保存されるので
$$
\mathbf L = \mathbf r\times \mathbf p
$$
が保存される。
7.3 時間並進対称性 → エネルギー保存
$L(q,\dot q,t)$ が明示的に (t) に依らないとする。
時間並進
$$
t\mapsto t+\varepsilon
$$
に対し、座標の同時刻での変分は
$$
\delta_0 q^i = -\dot q^i \varepsilon.
$$
パラメータとしては
$$
\eta^i=0,\qquad \tau=1,\qquad F=0
$$
でよい。すると
$$
J=
L-\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}\dot q^i
= -\left(\frac{\partial L}{\partial \dot q^i}\dot q^i -L\right).
$$
したがって保存量は、符号を除いて
$$
\boxed{
H = p_i\dot q^i - L
}
$$
である。これがエネルギーであり、つまりエネルギー保存は、時間並進対称性のネーター保存量である。
8. よくある注意点
8.1 「対称性」は何の対称性か
ネーターの定理でいう対称性は、単に方程式が見かけ上対称というだけでは不十分で、基本的には
$$
\boxed{\text{作用 }S \text{ の対称性}}
$$
である。
作用の変分が全微分になることが必要。
これは重要で、なぜなら、保存量は変分原理から導かれるため、支配対象は運動方程式ではなく作用だからである。
8.2 「厳密不変」ではなく「全微分まで不変」でよい理由
作用は積分なので、
$$
L\mapsto L+\frac{dF}{dt}
$$
としても運動方程式は変わらない。
したがって、ラグランジアンそのものの不変性ではなく、
$$
L,dt ;\text{が全微分まで不変}
$$
で十分で、ここが $F$ が出る理由である。
8.3 オンシェルとオフシェル
- オンシェル: 運動方程式 $E_i(L)=0$ を満たす
- オフシェル: 満たさない一般の関数 $q(t)$
ネーター恒等式
$$
\frac{dJ}{dt}=-E_i(L)(\eta^i-\dot q^i\tau)
$$
はオフシェル恒等式であり、保存則
$$
\frac{dJ}{dt}=0
$$
はオンシェルで成立する。この区別は場の理論で極めて重要になる。
---未完
Bohlin変換の原論文・仏英翻訳
スウェーデンの天文学者 Karl Bohlin (1860-1939) は古典力学におけるKepler問題に対して新しい解法を導き,これについて述べた論文を1911年に発表しました.しかし,この論文はフランス語で記述されており,現在に至ってもWebオンライン上で確認できるのは,フランス語で書かれた原論文のみのようです.
さて,Bohlinによりこの論文に述べられた方法はKepler問題の解析にあたって,極めて有効な手段を提供するものです.ざっくりとその内容を述べておくならば,運動方程式を記述する際にその座標に対してある種の複素数を対応させる変換を施すことで,最終的にKepler問題における特異点の除去を達成し,また,Kepler問題をRiemann面上の2次元調和振動子の問題へ落とし込むものです.
このように,古典力学において極めて強力と思われる手法を示したBohlinの論文ですが,悲しき哉,Bohlinよりのちに,この応用を論じた論文は限りなく少なく,研究自体も活発ではありません*1.このような,状況を私なりに顧みて,左様の状況はすくなくとも,容易にアクセスできる原論文がフランス語のみであるためと思われました.そこで,拙いながらも仏英翻訳を試み完成したので,ここにPDFを掲載することとしました.
翻訳にあたっては,東京理科大学S氏,およびフランスのLille工科大学F氏のご助力,ご助言を少なからず賜りました.両氏にはささやかながら,ここに御礼の言葉を記します.
なお原論文は
http://adsabs.harvard.edu/abs/1911BuAsI..28..113B
から.
(訳文にはまだまだ修正の必要な箇所が多分に存在すると思われます.本稿に関し,意見等ございましたら,コメント欄にてご指摘ください.)
*1:もちろん,ロシア人物理学者V.I.Arnoldはその著書``Huygens and Barrow, Newton and Hooke"(1990)において楕円軌道の解析に際しこのBohlinによる方法を引用しています.